March 09, 2006

永久に旅立った義妹が残してくれたもの

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永久に旅立った義妹が残してくれたもの 

昨年9月に義妹が8年9ヶ月の闘病生活の後、永眠しました。12歳の男の子と女の子の双子ちゃんを残して。。。。。

あの日から今日までさまざまな心の葛藤や思いがでてきて、でも日常生活は変わらずにながれてゆき時間だけが過ぎました。

やっと今日、思いを書いていってみようかなと思えるようになり、書き始めました。

弟や両親、彼女の弟、甥っ子、姪っ子そして私もいつかはこんな日がくると覚悟はしながらも、でもきっと良くなる、病気だった事がうそのように元気になると信じていました。しかし、去年の4月、子供たちが中学受験で希望校に入学したことを見届け安心したかのように様態が悪化しはじめました。子供たちが3歳の時に発病した義妹が辛い闘病生活を乗り越える為のここ数年の目標が中学受験に付き合うことだったんです。

病気が発覚した9年前、乳がんとはいえ末期状態だった彼女には3歳になったばかりのかわいい双子が。結婚後、なかなか子供のできない私は義妹と一緒に双子ちゃんの成長を見るのがとても楽しみでした。仕事が忙しい夫(私の弟)だった為に、義妹にとって双子ちゃんを育てることは大変なことでした。その当時は彼女の両親とも病気をもっていましたので尚更です。私は仕事を持っていましたがちょこちょこ義妹と双子ちゃんたちと遊んでいました。友だちたちからは「本当の姉妹みたいに仲が良いね」と言われるくらいに何でも話し合え時には真剣に喧嘩もできる仲でした。

私に顔立ちが良く似た姪っ子と一緒にいると母親に間違えられたものです。内心とても嬉しかった。そんな私の心を知っていた義妹の病気との闘いのための、まず始めの目標が「義姉さんには子供を渡さない」でした。もちろん私は子供たちの世話をしながらでも、子供たちを彼女から引き取ろうとは思ってはいなかったのですが、義妹にとってはもし自分に何かあったら子供たちは私の子供になってしまうのではと思っていたみたい(弟から聞いたこと)でも、どんな思いでも義妹が自分の病気を諦めずに闘って欲しいと思っていたので、私は憎まれ役でもなんにでもなろうと。

片方の胸全体とリンパに20箇所も転移していたので、手術と抗がん剤治療が始まりました。辛い生活の始まりでした。病気の彼女の両親はとても嘆き悲しみ「自分たちの命に代えても助けて欲しい」と祈っていました。

クリスチャンである私と夫、そして友人のクリスチャンたちや牧師さんたちと必死に祈りました。

当初、主治医からは「やれるだけのことはやりました。後は神に祈りましょう」と言われていたのですが、一年後、「奇跡です。すっかり消えています」との言葉を聞きました。彼女の生命力と精神力の強さに誰もが感激した瞬間でした。

人の思いの強さは奇跡を起こす事ができることを更に確信した瞬間でもありました。神様に友だちに家族にそして義妹の精神力に感謝、感謝でした。

つづきはまた後日



yachiyo1 at 04:28│Comments(0)TrackBack(0)

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